------- がんばろう 日本 -------
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<小坂社長 の独り言 2012> 8年目になりました。 | |
2012年 1月 |
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。 今年も、旅行記を中心に、政治やカチンときた事を独り言で発散したいと思います。 |
2月16日 | 昨日15日昼、ロイヤルホテル大阪で、関西アーバン銀行と、びわこ銀行、合併2周年記念講演会 ・懇親会が開催された。その日の夜便で、バンコク経由ミャンマーのヤンゴンへ・・・・の予定であったが。 肝心のミャンマーのビザ発給が遅れ、1月24日申請で、3週間超え、いまだパスポートが手元にない。 ミャンマー大使館公認西日本ビザセンターに頼んだのが間違い。東京の大使館に出向けばよかった。 エアーのキャンセル代金、20,500円。現地のホテル、国内移動の飛行機代、車と通訳のキャンセルと 現地の旅行社にも迷惑をかけた。責任者出てこい・・と言っても、軍人が来れば、困るし。 ウ~ン・・・・と、唸っているばかり・・・・・です。 |
2月20日 | 今日、やっとパスポートが手元にもどってきました。2月、3月と大阪商工会議所やジェトロの視察団など、 多数の訪問団があり、遅れたとの事。4月の選挙、無事だといいが、心配だ。報告まで。 |
3月11日 | 3・11東日本大震災がら1年、なにも進んでいない。私が首相なら・・・。 亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。 |
3月22日 | ~ 3月15日~18日 ミャンマーのヤンゴンとパガンへ ~ (ミャンマー レポートにジャンプします) 2月14日出発予定が、1ヶ月延び3月14日夜発のタイ航空で出発した。現地は31度、覚悟はしていたが 強い日差しには、まいりました。 4月1日の補欠選挙がどうなるか、スーチー氏が当選するか。暗殺されるかによって、大きく激変する。 ミャンマーの人達は、よき方向に行くと誰もが言う。私は天安門があるかもと言う。祈るばかりだ。 ![]() ![]() 初めて訪れるミャンマー。早朝バンコク経由ヤンゴン着。 ガイドのNさんに会い、イザ出発。まずは、行きたかった宝石博物館へ。(撮影禁止) ルビーやサファイアの原石を見ることができる。いつかはモンコック(宝石の産地)へ行くゾー。 一人旅のよさは、誰に気兼ねすることなく、行動できること。 |
3月24日 | ミャンマーの面積は、日本の1,6倍。人口は約6,000万人。ヤンゴンに700万人。 国際線は新しく、税関も上海の第2ターミナルのごとく。素早く、15分で入国。バンコク入国は、 最近1時間覚悟せねばと言われており、えらい違いだ。 車は日本の中古車が大半。、200~300万円以上、現在、法律改正中で新しい中古車?が入荷中。 中国製の軽自動車の新車、約100万円で売り出し中。いつまで動くかと話題になっていたが。 ![]() ![]() 2日目は、早朝のヤンゴン発のエアでパガンへ。バガンは1日しかないので、車で移動。馬車や自転車も あるが、時間との闘い、ホコリがまうし、車がベターと思います。 |
3月27日 | 欧米諸国は、人権弾圧などを理由に1997年から、15年間経済制裁を続けた。日本も歩調をあわせた。 昨年、テイン・セイン大統領が民主化改革を始め、1年がたち、欧米諸国も経済制裁の解除に動きだし、 日本も追随する。 ![]() この15年の間、中国はしたい放題で、ダムを造るといいながら、貴金属鉱石を中国に運んだと、 噂されている。石油資源を自国に運ぶために、今、パイプラインを必死で作っている。 すべてに、利権がからむし、生活している少数民族との殺し合いの原点になる。悲しいことだ。 ![]() 今、ミャンマーの不動産は、バブルである。ウソと言う価格。中国系とインド系が経済を握っており、 ゲーム感覚で、つりあげ、どうにもできない現実だけが残る。 仏教国で日本人の心を持つミャンマー人に、よき未来が、訪れてほしいと心底、思っている。 (写真説明は後日) |
8月8日 | 長い間のご無沙汰です。昨日は電話で「ブログ更新してませんネ・・」と言われ、そのとうり・・・・。反省。 ロンドンオリンビック、現在、金が2個、銀13個、銅14個、がんばれ日本。 ~ 5月8日から13日までミュンヘンへ ~ ~ 6月11日から17日までイタリアへ ~ 5月8日から13日までミュンヘンへ、イファット国際環境展の視察。当初はドバイ経由、帰りドバイ一泊。 他メンバーからクレームがでて、ヘルシンキ経由になった。ドバイ行きたかったナー。 ![]() ![]() イファット国際環境展会場前 ミュンヘン中央駅 それゆえ、ミュンヘンで一泊増えたお蔭で、人生一度は行きたかったノイシュヴァンシュタイン城と モーツアルトが生まれた、オーストリアの塩の城、ザルツブルクも訪れることができた。 ![]() ![]() マリエン広場・時計台を見ています 超有名酒場のホープブロイハウスで一杯 ミュンヘンで4泊もすると、街が見え、人々の生活が見え、人の温かさが見える。ドイツ人は日本人と よく似ている。 ![]() ![]() カール門・ここからが銀座通り ツアーバスからの車窓 まず親切、時間を守る、清潔好き、エコに徹する(無駄な包装はしない)。 タクシーの運チャンの親切さ、コンビニでの親切さ、電車の自動販売機には日本語翻訳もある。 銀座のデパートに店員がいない、レジに持って行き、自分で包装。(ブランド店は違いますが) 街もゴミがなく綺麗、日本よりルールを守る。(日本のレベルが落ちた) 欧州で一人勝ちするのが理解できる。政治の話はしたくないが、教育、年金問題、観光など日本が 学ばねばならない事。ドイツにあると思います。目を覚ませ日本の政治家、我々、日本国民・・・・・・。 ![]() ![]() 馬に乗って お城に向かう ノイシュヴァンシュタイン城の入口へ ・・・・・・・・と。 まーまー。 熱くならずに。 話を戻しまして・・・・・・・。 ノイシュヴァンシュタイン城へは、バスツアー。日本で予約。満席2階建てバス。トイレ付で安心。 お城は、現在一部外観修理中で美しい全景は見れなかったが、馬車に乗り、内部の美しさに満足。 コンクリートで固めた、城塞にはビックリした。帰りは下りなので、森の中を歩いて集合場所に。楽チン。 ![]() ![]() 遠く中央右にノイシュヴァンシュタイン城 拡大したが外壁修理中(下山時に撮影) ザルツブルクへは2回目、前回は9年前、夜のザルツブルクで何も見えず。今回はリベンジ。 ツアーにて、ミュンヘン中央駅から電車でザルツブルクへ、旧市街までは歩きながらの案内、探索。 ![]() ![]() ミラベル広場・ペガサスの泉 ミラベル宮殿 私が中学生の時に見た映画、サウンド・オブ・ミュージックの舞台が今、目の前にある感動。 あとは解散し、再度集合。駅まで市バスに乗り、電車を乗り継ぎミュンヘンへ、中学英語の実力で 価格の安い英語ツアーに参加できます。気も使わないし、私が行けるのですから。 ![]() ![]() ホーエンザルツブルグ城塞からの旧市街地 旧市街地 有名なホーエンザルツブルグ城塞、山の上にそびえる。歩きもよいが、ケーブルカーであがる。 天気がよくて、ラッキー。晴天である。雨が降ると気温差10度との事。 ![]() カール広場のカール門 ミュンヘン、ラストの夜景、夜の9時だが、まだ明るい。カール広場のカール門でお別れだ。 明日は日本だ。 おわり 次回イタリアを報告します。 |
8月28日 | 政局は、ますます混迷し、早い解散があるかも知れないが、日本経済、外交には困ったものだ。 外から日本をみると、不思議な国。政局、内戦中で、もっと やることあるよ。血税の無駄、むなしい・・。 オリンピックのメダリストの皆さんが、明るく、堂々とされている姿。テレビに映る姿。比較してしまう。 ~ 6月11日から17日までイタリアへ ~ イタリア共和国は、面積、日本の80%。人口は約6020万人。20の州があり、経済は、低迷中で・・・ あるが、みなさん、おおらかで陽気、観光客が多く、雇用に貢献しているはずだが、失業率は高い。 ヘルシンキ経由で入国し、ミラノ、ベニス、フィレンツェ、ローマの都市をまわった。 イタリアは初めての訪問、紀元前の世界、ギリシャ・ローマ時代にタイムスリップする。 まずはミラノから、あいにくの小雨、6月なのに、寒い。ベニスは嵐になっている様子。 ![]() ![]() スフォルツェスコ城 小雨ふるドゥオモ 14世紀に建てられた、スフォルツェスコ城に、城内には考古学博物館があります。 ミラノのシンボル、ゴシック建築の大聖堂・・・・ドゥオモ。エレベーターで屋上へ、街並みが眼下に見える。 ![]() ![]() 2世ガレリア 中央の床にある「幸福の牛」 ガラスの天井のアーケイド、プラダの本店もある、2世ガレリア。レストランやカフェもあり、時間を 忘れます。中央の床にある、「幸福の牛」で、みなさん、ぐるぐるとまわっています。一回転すると しあわせになると言われています。グルグル、グルグル、目がまわります。 つづく・ベニスへ |
8月29日 | ミラノからヴェネツィアへ(昔はベニスと言われていたが)、西へ230キロ移動する。 「水の都ベニス」、東洋と西洋の海外拠点、アドリア海の真珠といわれ、栄華を極めた。 現在は地盤沈下と建物の老朽化、また高潮の被害も深刻で、いつか消え去る街と言われている。 ![]() ![]() ベニスへ橋をわたる。 船でホテルにむかう。 6月12日、13日、ベニスは快晴。前日は豪雨だったとのこと、日ごろの行いがいい? ![]() リアルト橋 夜のサン・マルコ広場、中央にサン・マルコ大聖堂があり、左に時計塔、右に大鐘楼がそびえる。 11世紀から建設、16世紀になり現在の形が出来上がったそうな。 ![]() ![]() 中央がサン・マルコ大聖堂 テラスからのサン・マルコ広場 サン・マルコ大聖堂は、最初の建物は火災で焼失し、11世紀に再建、15世紀にかけて改築され、 ロマネスク、ビザンチン、ゴシック、ルネサンスなど、さまざまな様式を見ることができる。 金ピカの内部に圧倒されました。財力があったのだなぁ~。テラスから見るサン・マルコ広場は最高。 ドゥカーレ宮殿は9世紀の城塞を1309年~1442年に改築したゴシック建設。 ![]() ![]() ゴンドラに乗り、カンツオーネ。 リアルト橋から運河をパチリ。 イタリアと言えば、カンツオーネ。ゴンドラに乗り、カンツオーネを聞く。 サン・マルコ広場から、有名なリアルト橋まで、ブラブラと15分。新婚旅行にはベリーグッドです。 つづく、 フィレンツェへ |
8月30日 | ベニスからフィレンツェへ、南西へ約190キロ移動する。トスカーナ平野の中央にある。 15世紀、有名なメディチ家の時代にルネサンス運動が最盛期となり、ダ・ビンチやミケランジェロが 活躍し、有名な絵画や彫刻が、いたるところにある。もう一度ゆっくりと鑑賞したい。 ![]() ![]() ミケランジェロ広場のダビデ像(レプリカ) ミケランジェロ広場からフィレンツェの街 まずは、見晴らしの良いミケランジェロ広場から、フィレンツェの街を一望する。 ![]() ![]() ウフィツィ美術館からヴェッキオ橋をパチリ 14日は、フィレンツェの市内観光。ヴェッキオ宮殿、横の有名なウフィツィ美術館へ、 ウフィツィ美術館は、撮影禁止で残念ですが、かのボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」、 ダ・ビンチの「受胎告知」など、素晴らしいシャワーに酔いしれました。 ![]() ![]() ドゥオモ広場のジェットの鐘楼 ヴェッキオ橋近くの金細工店(いっはいあります) ドゥオモ広場に移動、すべて徒歩圏内で、ショッピングよし、疲れたらカフェで休憩、ピザやアイスは いたるところにある。問題はトイレ、イタリア人はトイレに行かないのか。トイレ不足。デパートのトイレを 借りましたが、どこも観光客が列をつくっています。ト~イ~レ~~を、造ってくださ~い~~。 ![]() ![]() 感動の大聖堂とピサの斜塔 別の場所から フィレンツェまで来れば、どうしてもピサの斜塔を見たい。いやぁ~行ってよかった。どちらかと言うと、 期待してなかったが、いや~感動した。一面の緑のなかに浮かぶ大聖堂と斜塔、快晴のなかで最高。 こころが洗われ、暑さも忘れ、ぼ~と突っ立っていました。まわりにカフェもいっぱいあり、よき思い出です。 つづく ラストはローマです |
8月31日 | フィレンツェからローマへ、南に200キロ。イタリアはワインの宝庫。水より安いのだ。 ローマ、3000年の歴史、古代ローマ、ローマ帝国。紀元前264年からのポエニ戦争を経て、シーザーが 内乱を統一し、以降、神殿、道路、水道などインフラが整った。 ![]() ![]() ヴァチカン広場で並ぶ。 サン・ピエトロ大聖堂 まずは、ヴァチカン市国、ローマにある世界最少の独立国。ローマ法王が統治する。 暑いなか、長蛇の列、さすがにまいりましたが、サン・ピエトロ大聖堂の内部の彫刻、装飾には驚きです。 ![]() ![]() コロッセオの入場口へ コロッセオの内部 ローマは、坂の街です。下りはいいのですが、上りはきつ~い。よ~く地形を考えて行動せねばと・・・。 コロッセオ、公共の競技場、剣闘士とライオンとの戦いで有名ですが、近づくとかなり、いたんでいます。 ![]() 「トレビの泉」 かなり、ヘトヘト気味になっていましたが、「トレビの泉」に到着。なんせ暑い、6月で30度以上あり。 アイスクリーム、いやジェラードのお店で休憩。トイレも完備で、一息つきました。元気モリモリ。 ![]() ![]() スペイン広場 スペイン階段の上からコンドッティ通りをパチリ 次の日は、タクシーで、スペイン広場へ、オードリー・ヘップバーン嬢はいませんが、観光客が どんどん増えて、階段は、いっぱい。周りには、パブやジェラードのお店があり繁盛しておりました。 コンドッティ通りはブルガリやヴィトンなど高級店がいっぱい。 私はネクタイ2本購入。日本では1本19000円、ここでは免税と円高で1本12000円でした。 ![]() やっと和食のお寿司 食事はいかに、イタリアの郷土料理・・・・。 ミラノでは、「ミラノ風カツレツ」、平たくして衣を付け、オリーブオイルで揚げる。 前菜はリゾット、チーズたっぷり、サフランで黄色にいろずけ。 フィレンツェでは、「ビステッカ」、炭焼きのTボーン・ステーキですネ。郷土料理ですので挑戦しましたが 残念ながら日本料理が恋しくなり、ローマではお寿司を食べに、海外にしては、満足のお寿司でした。 ![]() ![]() ローマの路面電車 ローマ中央駅、タクシー乗り場 もうひとつ、お茶飲みなので困ったこと。湯沸かし器(ケトル)がホテルにない(2か所で) ヨーロッパのホテルでケトルがないとは、いかに。文句を言っても疲れるので、2500円で購入しました・・。 日本にもって帰りましたが、使用できません。そりゃ~そうでしょう。 おわり |
9月26日 27日 |
~ 9月14日から16日まで台北へ ~ 9月14日から16日まで、当社の海外研修で台湾の台北に行った。10年ぶり、10度目の訪台。 尖閣問題で荒れる中国、台北はどうなのか、台風は近づいてくるわで、よく帰れたな・・と思っています。 ![]() ![]() 靄の台北101 合成写真で遊ぶ私 なんせ雨模様、台風がどちらに、台湾か沖縄か。2005年完成の台北101もかすんで見えますが。 アベニュー101は、最新のブランド品、高級時計店。地下にはスーパーやフードコートがあります。 ![]() 台北101からの夜景 2日目は、レトロな街の九分(ジョウフン)へ。1890年に金鉱が見つかり、ゴールドラッシュとなったが、 金もなくなり、静かな街になった。現在は有名な観光地に。シニアは映画の「悲情城市」で思い出し、 今は「千と千尋の神隠し」の街のモデルとして・・・・。 またまた、大雨になってきた。早めに台北に移動。 ![]() ![]() 超有名な「阿妹茶楼」景色は抜群 レトロな映画館の前でパチリ 今日の昼食は、超有名店、小龍包を世界に広めた本店。「リンタイホウ」を予約していたが、早く着きすぎ、 長蛇の列で入店できず。待つこと40分、まいった、まいった。 しかし、待ったかいある。素晴らしい味でした。上海よりおいしかった。なっとく。 ![]() 故宮前で集合写真を 午後も雨は止まず。予定変更で、故宮博物院へ。16年前に3時間ほど見学したが、今回は新展示会場 が完成。ルートにそって移動となる。待ち時間が多く、イライラ、ストレスのたまる故宮でした。 設計はフランス人とのこと、中国人が多く、マナー違反は、しばしばあるが、ここで殴り合いは、いかんので。 ![]() ![]() 忠烈祠の衛兵交替式 大殿での交替式あと ラストの午前中、曇り。衛兵交替式を見に、英霊が眠る忠烈祠へ。華麗な銃剣さばきも見ました。 ![]() ![]() 朝の龍山寺の賑わい 天の神様に、私は各方面の神様にも・・ 研修のラストは、パワースポットの龍山寺へ。1738年の創建。霊験あらたかなご利益あり。 私も、地上の神様、天の神様、商売の神様。各方面の神様に・・、8か所ほど、お参りしました・・・・。 宿泊ホテルは、シェラトン。18階までの吹き抜けの下で、朝の食事、室内プールや地下のアーケイドなど さすが、豪華なホテルでした。 全員無事、トラブルなく帰国しました。 |
12月27日 | ~ 11月26日から28日まで上海へ ~ 年末は、バタバタで、ブログ更新することができず。 来年1月に、バウマチャイナ2012視察レポートにて報告します。 |
12月28日 | 本年も、お付き合い、ありがとうございました。 よいお年をお迎えください。 小坂佳三 |
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